頭痛、風邪とインフルエンザについての特別エッセイを医学博士長谷川榮一様よりいただきましたので、ご紹介
カラー版医学ユーモア辞典・改訂第3版
医学博士長谷川榮一著
4200円(税別)エルゼビア・ジャパンに
挿し絵ヒトコマ漫画を描きました。
カラー版 医学ユーモア辞典よりその一部「頭痛」を御紹介します。
「風邪とインフルエンザ」特別エッセイをいただきましたので、合わせて掲載いたします。
そうぞお楽しみください。
*これは、2009年の記録です。
もくじ
医学ユーモア辞典・たなかよしみのおもちゃ箱出張版
カラー版 医学ユーモア辞典・改訂第3版の御紹介。
(2008年11月24日)
医学博士 長谷川榮一先生が書かれた医学ユーモア辞典に、挿し絵を描かせていただいたのは、2006年から2007年のことでした。
長谷川先生から、僕のホームページで一部を紹介したらどうか?漫画教室の生徒さんたちにも、参考になるでしょうし…という御提案をいただきました。
先生のお許しと、エルゼビア・ジャパン社の了解も得ましたので、この機会に御紹介したいと思います。
ホームページ掲載にあたり、長谷川先生よりの紹介文とホームページ用に新たに『頭痛』の楽しいエッセイを頂きました。なんだかくすぐったくなっちゃうような、照れてしまう紹介のお言葉ですが、そのまま掲載いたします(笑)。
それでは、楽しく学べる長谷川先生の素晴らしい講議をお楽しみください。
カラー版 医学ユーモア辞典・改訂第3版
著者・長谷川榮一より御挨拶
このたび、医学ユーモア辞典のカラー版をエルゼビア・ジャパン社から出版するにあたり、文中に新たに掲載した12コマのマンガは、たなかよしみ先生に描いて頂いたものです。
たなか先生の楽しいマンガのお陰で、堅苦しい医学辞典に表題どおりのユーモアと面白さ、分かりやすさを吹き込むことが出来、大変感謝しております。
そのマンガを、このアーカイブスの愛読者にも見て頂きたいと思い、ユーモア辞典に掲載された項目のマンガに医学的解説をつけ、ホームページでとり上げてくださるよう、先生に御願いしたところ、早速快諾して頂き喜んでおります。
たなかよしみ先生のマンガを楽しみながら、最新の医学、医療をおもしろく理解して頂ければ、著者として望外の喜びです。
(1)頭痛
一年のうち、誰でも数回は経験する不愉快な症状の一つが頭痛です。風邪をひいたり、肩をこらしたりした時、頭痛は私たちを苦しめます。しかし頭痛は、上のような病気のときばかりでなく、健康な時でも酒を飲み過ぎたり、二日酔いしたり、寒い風に当たったときに起こることがあります。
日本人の頭痛患者は10人のうち4人もあり、中には朝起きてから夜寝るまで頭痛に悩む「頭痛持ち」の人もいるそうです。
頭痛とはどこが痛むのでしょうか。
「当たり前じゃないか。頭の中が痛いから、頭痛というんだよ。」
と言われるかも知れませんが、必ずしもそうではなく、脳の手術のときに「脳みそ」、つまり脳実質の神経細胞をメスで切ってもも、痛くないことがあるのです。カナダのペンフィールドという神経科医は、手術中にわざと無麻酔状態にした患者の脳を電気で刺激しても、神経細胞を傷つけても、患者は痛みを訴えないことを証明しています。
なんだかヘンですよねえ。一体、頭痛とはどこの痛みでしょうか?
そのお答えより先に、頭痛の種類をのべましょう。国際頭痛学会の分類によれば、大きく分けても13項目、細分すると100以上もの種類があるのだそうです。たかが頭痛に国際的学会が組織され、百を超える種類があるとは驚きですが、主なものをグラフとたなか先生のマンガで説明します。
�@緊張性頭痛・・・もっとも普通の頭痛で、頭頂部の筋肉の緊張により乳酸などの発痛物質が溜まって起こる。もみほぐしたり、鍼灸、あるいはアスピリンなどの緩和な鎮痛剤の投与で良くなることが多い。
�A感染症頭痛・・・風邪やインフルエンザなどのウイルス性疾患に必発。風邪の時は軽度から中程度の痛みだが、インフルエンザでは強い頭痛と手足、背部の痛みも加わる。
�B片頭痛・・・ギリシャ神話時代から知られていた発作性、片側性で、拍動性(ズキンズキンとする)頭痛、時に嘔吐を伴う。男性より女性に多い(男性の約3倍)、日本ではやや少ないが(全国で約800万人)、全世界の患者数は2億人を超えるという。
�C群発頭痛・・・20~40歳の男性に多く、短期間続く一側性の極めて強い頭痛が群発する。トリプタン系薬剤を投与し強い痛みには酸素吸入も有効。患者数は片頭痛より遥かに少ない。
�D血管性頭痛・・・クモ膜下出血は血液が脳硬膜や血管壁の知覚神経を強く刺激するため、締め付けられるような猛烈な頭痛を起こす。西遊記ではサルの妖怪・孫悟空が暴れたとき、三蔵法師が御経を唱えている間、このような猛頭痛が起こり、たちまち悟空はおとなしくなるというスジである。(医学ユーモア辞典、p.365)
このほか、高血圧あるいは飲酒して脳血管が膨張したり、二日酔いにより拡張した血管が収縮したりの時の頭痛も血管性頭痛である。
�E代謝性頭痛・・・3.000メートル以上の高山に短時間で登ると、頭がキリキリ痛むことがあるが、これは大気圧が下がって酸素含量が低くなり、脳に浮腫が起こることにより脳硬膜が刺激されて起こるもので、下界に降りて暫くすると治る。
その他・・・強頭痛を目の奥深くに感じる時は、緑内障(眼病)のおそれがある。通常の頭痛と間違えて放置し、様子を見ているうちに失明することがあり、注意せねばならない。
さて、もう頭痛の本態はお分かりと思いますが、頭の中、あるいは頭蓋骨の外部からの刺激、ないし痛みを与える物質(発痛物質)が知覚神経を経て、脳内の痛覚中枢を興奮させたときに起こるのが頭痛の本態なのです。
したがって、知覚神経が存在しない脳自身の細胞は、切られても痛みはありませんが、脳を取り囲む脳硬膜には鋭敏な知覚神経が存在するので、ここを刺激すると強く痛みます。
しかし、発痛物質が出来ないようにアスピリンなどの鎮痛剤をのんだり、あるいは脳硬膜ないし脳血管に存在する痛覚神経を麻痺させると、痛みは和らぎます。といっても、クモ膜下出血時の孫悟空症候群のような猛烈な頭痛は鎮痛剤では治りませんし、放置すると命に関わる場合が多いので、直ちに専門病院で治療を受けるべきです。
(頭痛の項 終わり)
医学ユーモア辞典・たなかよしみのおもちゃ箱出張版の第2弾
おまたせしました!
医学ユーモア辞典・たなかよしみのおもちゃ箱出張版の第2弾は、ちょうど今、みなさんの身近な恐怖となっている『風邪とインフルエンザ』です。
医学博士 長谷川榮一先生が書かれた医学ユーモア辞典に、挿し絵を描かせていただいたのは、2006年から2007年のことでした。
長谷川先生に、僕のホームページでの『出張版』を書き下ろしていただくことになりました。
それでは、楽しく学べる長谷川先生の素晴らしい講議を、僕の漫画挿し絵と共にお楽しみください。
(2009年2月5日)
風邪とインフルエンザ 長谷川榮一
(1)普通の風邪
冬に流行する最も一般的な病気は風邪でしょう。{邪}の字があることから分かるように、この病気は「よこしま」な、あるいは人々に「害をあたえる」風の意味です。しかし、「寒い風に当たると風邪を引く」という言葉は、必ずしも正しいわけではありません。
ノールウエイの北端から北に800 km 離れた北極海に、スピッツベルゲンという島が浮かんでいます。夏は観光地として人を集めますが、冬は-40 ℃ にも気温が下がる酷寒の地です。しかしそこの住民は真冬でも元気で、あまり風邪を引きません。ところが、やや暖かくなる春先から、かえって風邪がはやり出すのです。
この矛盾するような奇妙な原因を調べてみたら、気温が上昇して観光船が島に寄港することに関係があることが分かりました。風邪の直接の原因は寒い風ではなく、観光船の乗客が持ち込んでくる、風邪のウイルスであることが明らかにされたのです。同じような現象が、南極越冬隊の交代時にも見られるそうです。
気温が低下して身体の抵抗力が弱まることも、一つの原因にはなりますが、ウイルスが存在しなければ、風邪は引かないのです。風邪がはやっている時、家にこもっている方がよいのは、他人からウイルスをうつされる機会を減らすからです。
普通の風邪は、コロナウイルスやライノウイルスなど、いわゆる「カゼ・ウイルス」により起こります。軽度の発熱と、咳、痰、くしゃみ、鼻汁、のどの痛み、頭痛などの症状が現れますが、暖かくして寝ていると、3~4日で治ります。
風邪はウイルスが病原体ですから、通常の抗生物質や化学療法剤は効きません。何故なら、ウイルスというのは生きている細胞の中に寄生しているので、内部のウイルスを殺すためには、宿主の細胞を障害するような強い薬を与えなければならず、そのため、強い副作用が現れるからです。
(2)インフルエンザ
このような普通の風邪にくらべ、症状がいちじるしく重い悪性の風邪が流行することが、有史以前から知られていました。16世紀初頭の1504年、
イタリアで悪性の風邪が大流行しましたが、その当時のローマ市民は、この病気の原因が夜の流れ星など、悪い星に影響されて起こると考え、その意味から影響(influenzaはイタリア語で、人に及ぼす影響の意) という語を病名としたものです。その後、1742 年にイギリスで起こった大流行のとき、このイタリア語の病名がそのまま英語として用いられ、一般に広がりました。今日の英語では「フリュー」flu と略されることが多いようです。
インフルエンザに感染すると1~2日の潜伏期ののち、急に38~39℃ もの高熱と全身倦怠感、さらには強い頭痛、四肢痛、背痛、関節痛が現れて患者を苦しめます。普通の風邪に見られるくしゃみ、咳、鼻汁などの症状はあまり著明に現れません。
主な症状は3~6日で軽快するのが通常の経過ですが、少しラクになったからといって無理をすると、肺炎などの合併症を起こして死亡率を押し上げることになります。
治療は安静にして栄養と水分を補い(点滴)、発病後48時間以内であればタミフル(内服)やリレンザ(吸入)などの抗ウイルス薬(ノイラミニダーゼ阻害剤)の投与が有効です。
(3)コンピューターで設計され創薬された抗ウイルス薬
先に述べたように、ウイルスに対しては抗生物質も化学療法剤も、原理的にはあまり有効ではありません。しかし、インフルエンザ・ウイルスはヘマグルチニン(H)と、ノイラミニダーゼ(N)という2種の特殊タンパクを体外、つまりウイルス本体の外被にもっており、これらがウイルスの増殖に必要であることが分かってきました。
ヘマグルチニンはウイルスが細胞内に入るときの接着道具で、ヒト細胞表面に出張っているシアル酸という分子と結合し、侵入の足がかりを造ります。細胞に入りこんだウイルスは、細胞内の栄養分を食い荒らし、自分と同じ構造をもつ子ウイルスを百個以上も複製するのです。
これらの子供を引き連れ、「死に体」となった細胞を出た多数のウイルスは、それぞれ新しい細胞を見つけて侵入し、食い荒らしと増殖を繰り返します。このようにして、最初1個のウイルスがヒトの細胞に侵入してから24時間経つと100万個以上に増え、48時間後の2日目には100万の100万倍で 1兆個を超え、3日目には……もう、勘定できません。
ウイルスの増殖を防ぐには、ヘマグルチニンを不活性にして細胞上のシアル酸との結合を防ぎ、細胞内に侵入できないようにするのが最も早道ですが、この方法はなかなか困難で、目下開発中です。
さて、細胞内で無銭飲食のうえ、多数の「子作り」までしたウイルスは同胞とともに逃走を企てますが、どっこい、そう簡単に遁走できるわけではありません。というのは、侵入したとき足場にしたシアル酸は、逃げ出す時にはかえって邪魔になり、そのままでは出られないのです。そこでウイルスは、かねて用意しているノイラミニダーゼ(N)という「ノコギリ」を使い、シアル酸を切り破って細胞から「脱出」するのです。
不運なドロボウの話
平成15年の夏、ある男が静岡県の書店に盗みに入りました。
彼は閉店間際に入店し、店主に気付かれないように書棚の陰に隠れて時をかせぎ、店主が閉店して帰ってからレジを物色して現金を盗みました。ところが、いざ店から逃げ出そうとしたら、これは大変、店の扉やシャッターがどうしても開かないのです。
ドロボウはついに携帯電話で友人に助けを求め、驚いた友人は書店の店主に開店を依頼したのですが、店主が警官を同行して「救出」に行ったため、「ノコギリ」を持っていなかった不運なドロボウは、あえなく現行犯逮捕されてしまいました。〈読売新聞朝刊 2003.7.31}
オーストラリアのフォン・イツスタイン博士(現・モナッシュ大学医薬品化学部教授)は、インフルエンザ・ウイルスの持つノイラミニダーゼの化学構造を、X線とスーパー・コンピューターにより解析し、この酵素を不活性化する(作用を失わせる)化合物を設計して合成し、インフルエンザに対する抗ウイルス薬・ザナミビルを開発しました。
この酵素阻害剤を微粉末として、直接、気道から吸入させると、気道の細胞に結合しているインフルエンザ・ウイルスのノイラミニダーゼ酵素の作用を消失させますので、ウイルスの「伝家の宝刀」いや、ノコギリの刃が切れない状態となって細胞内に閉じこめられ、それ以上の増殖が妨害されるのです。
しかし、この薬はウイルスを直接殺す力はありませんので、体内のウイルスが大繁殖して「数え切れない」状態になってからでは効果がなく、発病後2日(48時間)以内に投薬せねばならないのです。
フォン・イツスタイン博士が創り出したザナミビル(商品名・リレンザ)は、インフルエンザに卓効を示しますが、腸管からの吸収性が悪いので、専用の容器から吸入法により投与せねばならない欠点がありました。
その後、サイエンシズ社の研究により化学構造は異なりますが、同じ作用をするリン酸オセルタミビル(商品名・タミフル)が、経口投与可能な製剤として開発され、現在広く用いられています。
(4)インフルエンザ・ウイルスの分類
このA型は、エンベロープと称する外皮、いわばスーツを着ており、さらにネクタイを締めています。スーツにはへマグルチニン(H)がついており、ネクタイにはシアル酸を分解するノイラミニダーゼ(N)という酵素がついています。
スーツは16通り、ネクタイは9通り(計:16×9 = 144通り)存在しており、時代(?)に即応して着替えているようですが、ウイルスの抗原性もそれに従って変化し、予防にはおのおのに対するワクチンを準備しなければ効きにくい、という厄介なことになります。スペイン風邪といわれた1918年流行のものはH1N1型、1958年からはやりだしたアジア風邪はH2N2型、1968年からの香港カゼはH3N2型で、今回問題になっているウイルスはH5N1型です。今年流行型のワクチンは1年ほど前から研究され、製造が始められていますが、もしウイルスがさらに新型に変わると、ただちに対応できません。
ワクチンのような生物製剤の製造には、6ヶ月近くを要するからです。
その点、タミフルなどの抗ウイルス剤は、サブタイプに無関係なノイラミニダーゼに作用するので、どの変異型にも有効です。ただし、耐性による効力低下を考慮せねばなりませんが、リレンザの方が比較的耐性が出来にくいといわれています。
(5)インフルエンザの予防法
インフルエンザの予防はワクチン接種が一番で、副作用も少なくよく効きます。予防効果は注射後約2週間で現れますが、可能なら1月後に追加免疫として、初回と同量(0.5 ml)を行います。
なお、予防とはいいますが、絶対にかからないと保証するものではなく、人によっては注射をしてもかかる場合があります。
でもワクチン注射をした人は、かかっても軽くすむことが多く、それなりの効果はみられます。
抗ウイルス製剤のタミフルなども、予防効果があると言われます。
その他の一般的注意としては、
1、人混みの中に出ないこと
航空機内のただ一人の乗客により、全乗客の7割もの感染者がでたことからも分かるように、混雑している電車、バス、などの公共交通機関に乗るのは危険です。
2、外出時は必ずマスクをすること
やむを得ず外出するときは、必ずマスクをかけて濃厚なウイルスの団塊を直接吸い込まないようにします。この目的で医療従事者が使うマスクはN-95というタイプで、浮遊している微生物を95%まで遮断するスグレモノです。ただし、装着後はよくフィットさせて、マスク周囲から空気が漏れないことを確かめておきます。
このマスクならインフルエンザのウイルスも結核菌も、95%まで防いでくれますので、残り5% を「自己負担」すればよいのです。
したがって、自分の免疫力が激減している時は、必ずしも安全ではありません。
もっとも、このマスクをしていると空気の通り具合も悪くなり、慣れないと30分もすれば息苦しくなって「ネ」をあげますが、とにかく、このマスクの効果はたいしたものです。
もう少し簡単な構造の「サージカル・マスク」といわれる外科用のものや、通常のマスクでも掛けないよりはよほどマシで、かってのスペイン風邪流行中のサンフランシスコ市では、外出時のマスク着用を義務化し、無マスクの者は逮捕したそうです。
3、外出後は必ず手洗いすること
インフルエンザ・ウイルスは手指にくっついてから口を経て呼吸器に侵入し、感染することが多く手指汚染が原因になる感染が60%を占めるといわれ、手洗いは欠かせません。外出後は消毒液で丁寧に手指を洗い、ペーパータオルで水分を拭き取ります。
以上の予防法を行ったのに、ウン悪く感染発病し、発熱や頭痛が現れたら、大至急受診して診断と治療を受けて下さい。でないと、家族や周囲の人々にも大きな迷惑をかけることになります。
御健康を祈ります!